タウンページでエルを知った
僕がエルのことを知ったのは、タウンページでした。東京に残ろうか、長野に帰ろうか迷っていた1997年(大学4年)春、帰省中に「長野に帰ろう」と決意。長野のデザイン会社を調べるべくタウンページをパラパラとめくり、アタリをつけようと目論見ます。記載されているデザイン会社はかなりの数があって、こんなにたくさんあるんだ!と心踊ったのを覚えています。たまたまそのページにエルが広告を出していて、「Macintosh」や「グラフィックデザイン」といった文字が目に飛び込み…。求人しているかどうかもわからないまま、その場で「突撃電話作戦」決行。1社目にして面接にこぎつけました(ラッキー♪)。
実はその前に、就職が決まって在学しながら3ヶ月ほど通勤していた東京のデザイン会社があったのですが、そのときの就職活動においても、一般的な新卒採用活動は一切せず、中途採用雑誌と作品集を片手に「卒業を待たずに、今すぐ働きます!」という”若さとやる気”アピール全開で回っていました。
そんな選び方でいいのかと思われるかもしれませんが、デザインの勉強をまったくしてこなかった僕にとっては、デザインの世界に入るなんてこと自体とてもハードルの高いものだと思っていて、すべてのデザイン会社が高嶺の花でした。当然、自己評価がかなり低いので、「採ってくれるとこならどこでもいい!」とも思っていました。妙なアプローチをする僕なんか拾ってくれたらミラクル!というぐらいに、もぐりこみたい一心でのアタックです。せっかちな性格が功奏した実体験からか、以来「巧遅より拙速」が自分の基本スタンスです。
社長とタウンページネタで会話をするなかでそんな過去のエピソードを思い出しました。「そんなこともあるんだね~」と珍しがられました。タウンページに広告を出していたことが、僕の突撃電話を後押しした決め手であることは間違いないです。あの広告、誰が作ったのかなぁ、と、入社15年目にして知りたくなりました。